こいつがまたやらない。
宿題を指示しようが、やり方を教えようがなかなかやらない。
呑み込みは悪くない方だと思う。
中学まではトップクラスだったのに、高校に進学すると同レベルの中からやる奴やらない奴の差がつき、ケンタは瞬く間に不動の最下位10傑になった訳だった。
流石に不安になったか、普通にやってた親友の誘いを機会にノコノコ現れたのだ。
俺、こういうボンクラの料理が好きなんだ(笑)
俺は最新の模擬試験の結果、定期テストの結果表を持って来させた。
第一局。先手ヤン☆スー、後手ケンタ。
「よっ! 来たね」
「チィース([こんにちは、よろしくお願いします]の略)」
事前に母親から聞いた話によると、中学までは一を聞いて十を知る知性と、部活のサッカーではエースストライカーという文武両道で努力知らずの神童ぶりだったとか。
最近では親子でも話にならない。
やはり努力が大切と悟った親と、やればいつでもできるのさと現実を見ないようにするケンタのギャップだった。
「また個性的な成績だなあ」
「へへっ」
個性という言葉が好きなようで、ケンタは嬉しそうに笑った。
俺が誉め言葉で“個性”なんて使わないことは後々知ってもらえればいい事だ。
「行きたい大学とかある?」
「法政あたりっすかね。警察官になりたいんすよ」
また現実的な話を!
実際、最近の警察官は出身高の偏差値が急激に伸びている。
大卒は当たり前で、むしろ高卒の求人の方が少ない。
しかも法政というと東京6大学のひとつだが、難易度なんて高くない。
選択が的確だ。
世間は東京6大学を持ち上げ過ぎている。
東大、早稲田、慶應、法政、立教、明治(最近はちょっと違うが)を総称するこの言葉は、実は6大学野球から来たものに過ぎない。
東大、早稲田、慶應はともかく、下の3つは並べる程ではないのだ。
「法政の法学部でいいの?」
「ハイッ」
「返事がいいねぇ。しかも法政の法学部なんて通の選択だ!」
最初は褒める。誉めちぎる。誉め倒す。政治家なんて誉め殺しまでする(笑)
手元の資料から突っ込もうと俺は、持参させた成績表に視線を落とした。
「ごめん、きつい事言うけどこれも仕事だ」
「大丈夫っすよ」
不安だな(苦笑)
「このやり方をしていると、法政どころか偏差値20下げてもキツイ」
ケンタの成績は解りやすい。
定期テストは理科社会でなんとかしのいでいるが、模擬試験になるとそれすら底辺である。
これは、テスト前になると暗記物だけやるが、模擬試験のように範囲が不分明なものは手も足も出ぬまま放り出すのだ。
なんと、俺はテストで性格までわかる(笑)
潔いというか、単に勉強に対しての価値観が低いのだろうな。
「そうっすかねぇ」
ケンタ、まだまだ効かぬとばかりにゲラゲラ笑った。
俺はそれを辛抱強く何度も頷いて聴いた。
「そうだな。そういう楽観は気負いが無くていい。ただ俺はな、ケンタ君に素質を感じる一方で、素質を殺す致命的な一面も発見しちゃったんだよ」
「なんすか?」
俺はケンタの成績による性格分析を伝えた。
「すごいっすね。当たりっすよ!」
俺は面白くも無さそうに口を開いた。
「やる事がわかって無いとやれない。つまりケンタ君は指示待ち人間だってことなんだよ」
思っても見なかった指摘に、ケンタはたじろいだ。
ここで間を空けると嫌われるだけだから、その間隙を縫って第2撃を叩き込む。
「だからこそ、ケンタ君は焦ってきたように見えた。だってそう変わらないハズの親友のハツ君が主体的に伸び出したもんな。俺も君なら気になると思うよ(笑)」
「うーん、やっぱ隠せないっすね」
ハマった!
プライドの高いヤツの相手は、どんなに叩いてもまた起こしてやらないといけない。
おそらくそれはケンタもわかってて乗っただろう。
それでいいのだ。
「君は非常に素直だな。それはこれからも人間として伸びて行くのに大切な素質だ。大事にしろ」
「ハイ!」
こう来ると楽なんだ(笑)
ケンタは懐くとそれはもうかわいい生徒だ。
お姉さんタイプに好かれそうだ。なぜかクソッて気持ちもある(笑)
「ケンタ君はもうスタートしなきゃと思ってるハズだけど、俺の所に来た理由はあるの?」
「んーやっぱりハツが急に伸びたからっすかねぇ」
「ハツ君は自分でやり出したから伸びてるだけだよ。君もやれば伸びるさ」
やはり誤解して来たのか(笑)
ハツというのはケンタの幼馴染みで、ケンタとは違ってコツコツ型だ。
成績も真ん中ぐらいだったのが、理系クラスで3以内に入るようになったのだ。
週1回も来ないし、俺と禅問答みたいなメールを何度かするだけで平気なタイプなのだ。
「ケンタ君はハツ君と同じじゃないよ」
「ハツ理系っすもんね」
「うん、それもあるけど、ハツ君は主体的なんだよ」
その言葉はケンタを相当に傷つけたようだ。
「主体性ってのは、才能じゃなくてトレーニングの成果なんだよ。しかも忘れる事もあるし」
俺はケンタの目をじっと睨んだ。
「普段やってないだろ?」
「…はい…」
俺には理由がわかるんだよな。
「いつもやらなきゃとは思ってんだよな?」
やろうと思って家に帰る
↓
部屋が散らかっている
↓
片付けなきゃなと思う
↓
しかし夜も遅い 掃除機も迷惑
↓
明日早く帰って気合い入れて片付けよう
↓
やらない
↓
最初から繰り返す
「だろ?」
「…当たってます」
やらないやつの行動パターンなんて俺には分かりきっているのだ。
「ケンタ君な、今日早速やって欲しいのは…」
部屋を片付けるな!
「え」
「正確に言うと、勉強机の周りから気の散る物をどかせ」
マンガ、携帯、リモコン、ゲームetc…
「これはね、受験環境デザインという考え方」
片付けは年末にやればいい。気の散る物を部屋の隅に押しやるだけでいい。
それだけなら1時間以内に終わる。
断じて片付けではない。
「親に怒られますよ」
「俺から言っとく。ただし、この指示ができたかどうかはオフクロさんに確認してもらうよ」
「げぇっ」
特にそれ以上勉強の話をするでもなくケンタを帰した。
そしたらだ。
『一体どういうつもりなんですの?』
指示を伝え聞いた母親からクレーム電話が来たのだ(笑)
「よく訊いてくれましたァッ!」
俺はジム・キャリーのごとく素っ屯狂なノリで応じ、まず母親の勢いを食った。
「ケンタ君は現在や未来を見る余裕が無いんです。だから彼の心の中から部屋片付けという過去が占める割合を減らす作業が必要なんですねェッ!」
勢いで納得させて電話を切ったが、頭が痛いのは母の遺伝のようだ(笑)
その後、しぶしぶというか、恐る恐るというか、ケンタと母親から連絡をもらって受験環境デザインの完了報告を受けた。
少しだけ手直ししよう。
「ケンタ君な、きみは左右どっちが利き手だっけ?」
『あ、右ッス』
「じゃあペンは右手に持つよね?」
変な事聞いてくるなあといった体で「ハイ」と返事する。
「ペンを握りながら他の物が触れるようにするんだよ」
例えば、辞書とか参考書の類は、左手に近い方がいい訳だ。
ケンタはアホの子みたいに頷いた。
お前は素直で好きだ(笑)
俺はダメ押しに課題をひとつ出した。英語の予習をすぐやれと。
小一時間もたった頃、ケンタから電話が来た。
「終わりました!」
「どうだった?」
「なんか爽快ですね!」
ケンタは新しい事に気が付いた。
「それはね、溜ってた物を吐き出した爽快感なんだよ」
今までやらなかった事をひとつやっただけで、もう天下を獲った気分になるもんだ。
これからのケンタは机に向かう可能性が高くなる。ならないかも知れない。
まだそれは気分的なものでしかなく、自己管理ではないからだ。
ケンタは自己管理ができないか?
そんな事はない。
毎日同じ時間に起きて生活しているのだ。
自己管理能力というのは誰にでもある。
本当に無いというのであれば、それはもはや障害と呼ぶべきだろう。
なんでもそうだが慣れと不慣れがあるだけだ。
つまり、トレーニング。
いちいち呼び出すほどでもないので、夜、ケンタに電話した。
「どう、やってる?」
ケンタはニヒヒと笑った。やってないな。
いわゆる想定の範囲内でございます!
「勉強を習慣化する方法、知りたい?」
ケンタは一も二もなく飛び付いた。少しは考えろ(苦笑)
商売人はドリルではなく穴を売れ、という原則がある。
だが一方で、教育者は魚を与えず釣り方を教えろという原則がある。
その点で俺の発想は教育者である。
「自分が今までやらなかった経緯を考えてみようよ」
「?」
「俺のお袋の例なんだけど、仕事と家事を両立するタフな人なんだよ」
だがこれは多くの主婦がそうなので、女って根本すげぇなと思う。
「仕事帰りに買い物してそのまま家事を始めるんだよな」
ヒントがコレ。
「ケンタ君の昼飯は学食?」
「いや、お袋の弁当と購買のパンとかっす」
「なら、ケンタ君より早起きだな」
それで仕事をして掃除洗濯家事炊事。おまけにテレビ視たりケンタに勉強やれと叱咤したり、俺にクレーム電話を入れたり(笑)と獅子奮迅の働きっぷりだ。
「確かにすごいっすね…」
ケンタはぎくりとしたように肯定した。
世の母親からすると高校生なんてトロいのだ。
「ケンタ君も後輩がちんたらやってるとムカつくだろ?」
「はい」
自己管理のヒントは母ちゃんだったのだ!
「オフクロっすか!」
前置きの効果があったと見えて拒絶は無かった。
「そうだ。世の主婦は自己コントロールの鉄人なんだよ。俺もそうだったけど、高校生なんて1つやったらすぐ寝ちゃうだろ?」
「そういやオフクロがゆっくりしてるの見た事ないですね…」
というより、休み休みやった方が疲れるのを体験的に知っているのだ。
「俺が口で言ってもいいんだけど、お前が欲しい答えをここまでヒント出してやったんだ」
「はい、そうですね」
そういえばケンタの口調がおちゃらけてないな。
俺はケンタに母親の自己管理を観察する課題を出して電話を切った。
その直後、なんと今度はケンタの母親からの電話が来た!
『ケンタがずっと電話してるみたいで全然勉強しないんです!』
はー疲れるよ(涙)
「お母さん、ケンタ君がが自己管理力を習得するまではもう少し時間がかかります。時間をください。ちなみに今話してたのは自分です」
俺は母親の自己管理力をよく見て分析してみろとの指示を敢えて伝えた。
金を出すスポンサーを安心させる&くすぐるために(苦笑)
これも仕事だよ。
「と言っても、自然体でいいですから、お母さん。ケンタ君の話を聞いていると、お母さんは自己管理のセンスも経験も抜群です。お母さんが歯がゆい様子なのもうなずけますよ」
「あら、そう?」
「はい。それはもう!」
俺のゴマスリは効を奏した。すかさずダメ押しにかかる。
「しかし僕もそうだったんですが、やはり親子だとそれをうまく伝えられないんですよね。この年じゃなかなか親のすごさなんて分かりませんけど、ケンタ君はさすがです」
「そうよねぇ…」
「息子さんを任せて下さい」
続く
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